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第9回「意思決定をサポートする:BCGマトリックス」

1. はじめに

企業が持続的に成長するためには、リソースをどこに集中させるべきか、そしてどの製品や事業に注力するべきかを慎重に判断する必要があります。限られた資源を効果的に活用するためには、企業が保有する事業や製品のポートフォリオを適切に管理し、戦略的な優先順位をつけることが重要です。こうした意思決定をサポートするためのフレームワークとして広く利用されているのがBCGマトリックスです。

 

BCGマトリックスは、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が開発したもので、企業が製品や事業を「市場成長率」と「市場占有率」という2つの軸で分類し、それぞれの戦略的価値を評価するためのツールです。このフレームワークを活用することで、企業は成長機会のある製品にリソースを投資し、競争力の低い事業からは撤退するなど、戦略的な意思決定を行うことができます。

 

本エントリーでは、BCGマトリックスの基本概念や各カテゴリーの説明、具体的な活用法について詳しく解説し、企業がリソースを最適に配分し、成長を促進するための方法を探ります。

2. BCGマトリックスとは?

BCGマトリックスは、企業の製品や事業を「市場成長率」と「市場占有率」の2つの指標で分類し、それぞれを4つのカテゴリーに振り分けるポートフォリオ分析のフレームワークです。このマトリックスは、企業がリソースをどこに投資し、どこから撤退すべきかを判断するのに役立ちます。

 

BCGマトリックスでは、事業や製品を次の4つのカテゴリーに分類します:

 

 1. スター(Star):高い市場成長率と高い市場占有率を持つ製品

 2. キャッシュカウ(Cash Cow):低い市場成長率だが高い市場占有率を持つ製品

 3. 問題児(Question Mark):高い市場成長率だが低い市場占有率を持つ製品

 4. 負け犬(Dog):低い市場成長率かつ低い市場占有率を持つ製品

次に、それぞれのカテゴリーについて詳しく説明していきます。

3. スター(Star)

スターは、急速に成長している市場で、企業が高いシェアを持つ製品や事業です。スターは企業の将来の成長を支える重要な存在であり、競争力を維持するためには引き続き多くの資源を投入する必要があります。通常、スター製品は収益を生み出しますが、成長を維持するための投資が必要です。

 

3.1. スターの特徴

 

 • 高成長市場

 スターは、急速に成長している市場でのトッププレーヤーです。この市場の成長は、新たな顧客を獲得する機会を提供します。

 • 高い投資ニーズ

 競争力を維持し、さらなる市場シェアを獲得するために、持続的な投資が求められます。新しい技術やマーケティングへの投資が重要です。

 

3.2. スターへの戦略的対応

 

スター事業に対しては、積極的な投資を行い、競争優位を確立することが推奨されます。市場が成長している間は、製品やサービスを改善し、顧客の期待に応え続けることで、シェアをさらに拡大するチャンスです。

4. キャッシュカウ(Cash Cow)

キャッシュカウは、成長が停滞した市場で、企業が大きなシェアを持ち、安定したキャッシュフローを生み出している製品や事業です。市場自体の成長は期待できませんが、高い市場占有率によって、低いコストで安定した利益を生み出します。キャッシュカウは、他の成長事業への投資資金を生み出す源泉となります。

 

4.1. キャッシュカウの特徴

 • 安定した収益

市場は成長していませんが、企業が市場のリーダーであるため、安定した収益を得ることができます。

 • 低い投資ニーズ

市場は成熟しているため、追加の大きな投資は必要なく、収益性の維持に焦点を当てます。

 

4.2. キャッシュカウへの戦略的対応

キャッシュカウは、既存の資源を効率的に使い、コストを抑えながら利益を最大化することが求められます。積極的な投資は必要ありませんが、適切な管理により、利益を長期間にわたり維持することが可能です。また、得られた利益はスター事業や問題児事業への再投資に利用されるべきです。

5. 問題児(Question Mark)

問題児は、高成長市場に存在するものの、低い市場占有率の製品や事業です。このカテゴリーは、将来的にスターに成長する可能性を秘めているものの、成功が保証されているわけではありません。多くの投資が必要であり、失敗すれば「負け犬」に転じるリスクも伴います。

 

5.1. 問題児の特徴

 • 不安定なポジション

 問題児は、成長市場にいるものの、競争力が低いため、積極的な改善と投資が必要です。

 • 高いリスクと高いリターン

 問題児は、多額の投資を行い、戦略的に成功すればスターに成長しますが、失敗すればリソースの無駄遣いとなります。

 

5.2. 問題児への戦略的対応

問題児に対しては、どの事業や製品に投資するかを慎重に判断する必要があります。市場での競争力を獲得できると見込まれる場合は、積極的に投資して成長を促すべきですが、もし市場での競争が激しく、勝算が低いと判断される場合は、撤退を検討することも一つの戦略です。

6. 負け犬(Dog)

負け犬は、市場成長率が低く、市場占有率も低い製品や事業です。このカテゴリーの製品や事業は、企業に大きな収益をもたらさないため、リソースの配分を見直し、撤退を検討することが一般的です。

 

6.1. 負け犬の特徴

 • 低成長市場

 市場が成長しておらず、企業も市場内でのポジションが弱いため、将来的な成長の見込みはほとんどありません。

 • 利益の低迷

 投資しても利益があまり出ず、リソースの浪費となる可能性が高いです。

 

6.2. 負け犬への戦略的対応

負け犬に対しては、撤退や事業売却が一般的な対応となります。企業がリソースを効率的に使うためには、成長の見込めない事業に対する投資を控え、他のカテゴリーに集中することが重要です。ただし、場合によっては、負け犬からでも特定の市場ニッチを狙って利益を出せることもあるため、完全に撤退する前に可能性を十分に検討する必要があります。

7. BCGマトリックスの活用法

BCGマトリックスを効果的に活用するためには、以下の手順に従って製品や事業のポートフォリオを評価し、戦略的意思決定を行うことが重要です。

 

7.1. 現状の分析

まず、企業が抱えるすべての製品や事業をマトリックスに分類し、現在の市場成長率と市場占有率を評価します。市場成長率は、業界の成長速度や将来的な需要の見込みを反映し、市場占有率はその市場における自社の競争力を示します。

 

7.2. 資源の再配分

次に、各製品や事業に適切なリソースを配分します。スターには積極的に投資し、成長を維持します。キャッシュカウから得られた利益は、スターや将来的に成長が見込まれる問題児に再投資します。負け犬にはできるだけリソースを割かず、場合によっては撤退を検討します。

 

7.3. 戦略的ポジションの検討

BCGマトリックスを使うことで、企業は事業全体のバランスを確認できます。たとえば、キャッシュカウに過度に依存している企業は、将来の成長が危うくなる可能性があるため、新しいスターを育成する必要があります。逆に、問題児や負け犬が多い企業は、リソースの効率的な配分を見直す必要があるでしょう。

 

7.4. 定期的な見直し

市場の成長率や競争環境は変化するため、BCGマトリックスを定期的に見直し、ポートフォリオを再評価することが重要です。新しい競合が出現したり、技術革新が起きたりすることで、スターがキャッシュカウに変わることもあれば、問題児がスターに成長することもあります。

8. BCGマトリックスの活用例

BCGマトリックスはさまざまな業界で活用されています。ここでは、具体的な活用例をいくつか紹介します。

 

8.1. 消費財業界の事例

ある消費財メーカーは、複数の商品ラインを展開しており、その中には市場成長率が高く、かつ市場シェアも高い「スター」商品がありました。この企業は、スター商品に多額の広告費を投入し、市場リーダーとしての地位を維持しています。また、市場成長率が低く安定した収益を生み出す「キャッシュカウ」商品に対しては、効率的な生産体制を確立し、コスト削減に取り組みました。その結果、得られたキャッシュフローを問題児商品に再投資し、成長の機会を模索しました。

 

8.2. テクノロジー業界の事例

テクノロジー業界では、新しい技術や製品が市場に登場する速度が非常に速いため、BCGマトリックスの活用が特に有効です。あるIT企業は、高成長市場におけるシェア拡大を目指し、次世代のクラウドサービスに多額の投資を行いました。この新規事業は当初「問題児」として位置付けられましたが、急速に成長し、「スター」に昇格しました。これにより、企業は競争優位性を強化し、長期的な収益を確保することに成功しました。

9. BCGマトリックスのメリットと限界

BCGマトリックスには多くのメリットがある一方で、いくつかの限界も存在します。以下に、それぞれをまとめます。

 

9.1. メリット

 1. 視覚的な理解が容易

 事業や製品のポートフォリオを4つの明確なカテゴリーに分けることで、企業全体の戦略的状況を直感的に把握できます。

 2. 資源の効率的配分

 どの事業に投資し、どの事業から撤退するかの判断を下すための客観的な指標を提供し、資源を最適に配分するのに役立ちます。

 3. リスク管理の強化

 リスクの高い事業に過剰投資するのを防ぎ、安定した事業(キャッシュカウ)から得られた収益を成長事業に振り向けることで、リスクを分散させることができます。

 

9.2. 限界

 1. 単純化された評価基準

 BCGマトリックスは、市場成長率と市場占有率という2つの指標のみで評価するため、事業の複雑な状況を十分に反映しない場合があります。例えば、市場の競争状況や技術革新、規制の変化などは考慮されません。

 2. 市場定義の困難さ

 適切な市場の成長率や占有率を定義することが難しい場合があります。市場が広すぎる、または狭すぎると評価が偏り、誤った戦略を立てるリスクが高まります。

 3. 短期的な視点になりやすい

 成長率とシェアに基づく評価は、短期的なパフォーマンスを重視しがちで、長期的な視野に欠けることがあります。市場成長率が低いが、将来的に技術革新や規制緩和により成長が期待される事業が見逃されることもあります。

10. まとめ

BCGマトリックスは、企業の製品や事業のポートフォリオを効果的に管理し、リソースを最適に配分するためのフレームワークです。スター、キャッシュカウ、問題児、負け犬という4つのカテゴリーに基づいて、事業戦略の優先順位を明確にし、成長の機会を最大限に活用することができます。

 

ただし、BCGマトリックスの評価基準はシンプルであるため、市場環境の変化や競争要因を加味した判断も必要です。定期的にポートフォリオを見直し、変化に対応した戦略を立てることで、企業は長期的に成長し続けることができるでしょう。

 

次回は、財務、顧客、内部プロセス、学習と成長の観点から戦略を統合する「バランス・スコアカード(Balanced Scorecard)」について解説します。